父が亡くなったのは、そろそろ冬がやって来るぞと云う秋の終わりでした。
季節が変わると、これは父がもう感じることも出来ないものなのだとセンチメンタルな気分になります。
冬の凛とした空気と零れる白い息。
頬を刺す凍て付くような夜風と、オリオン座。
寒い日は空気が澄んでいるのか、夜空がとても綺麗。
そう云えば、人生で初めて流星群を見た夜は、父が隣に居たっけ。
冬でも日差しの暖かい日は幸せ。
洗濯日和だと、もっと幸せ。
春が来て、桜の蕾が開き、分厚いコートが必要なくなっても。
父がこの桜を愛でることはもう、ありません。
これから先の人生、桜が咲くたびにこんな気持ちになるのかな。
父が亡くなったと云う事実。
人は誰だって、何時かは死を迎える。
それは誰も経験することは出来ないのに、回避も出来ない、平等なもの。
少し時間が経って、それを自然と思うようになりました。
真理のようであって、ただそれは自然界の事象を感情を無視して説明したもの。
そう思っていたことを、真実に真理であると自然と思えるようになりました。
誰だって、何時かは死ぬの…。
だから、数ヶ月前のように泣き暮らすなんてことはもうありません。
けれど。
父の綺麗な指の形を思い出すだけで、涙が止まらなくなります。
この木漏れ日も、桜吹雪も。
もう二度と届けられません。
…届けられません。
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