何はともあれ、そんな久我山の性質を知ってしまってから、元来の世話好きのせいか、彼と共に食事を摂ることが多くなった。
彼の食べ方は美しい。
箸の持ち方、作法、仕草、すべてにおいて完璧だと思う。綺麗な顔立ちをしているから余計にそう見えるのかもしれないが、美しいのだ。
だが。
いざ食べ始めると、とにかく零す。食べ物を子どものようにぽろぽろと零し、口の周りや服にも必ずと云って良いほど何かしら食べ零す。
折角の美しさも何の意味も成さない。
そもそも、箸の使い方は完璧なのに何故零すのか理解に苦しむ。
更に理解出来ないのは、彼の感性の形状だ。久我山は絵画の神から完全に見放されていると断言出来る。
…壊滅的に絵が下手なのだ。
しかも、本人はそれに全く気が付いておらず、めでたいことだと思う。
その代わり、字は綺麗だった。習字の見本を少し個性的にしたような、そんな美しい字を書く。
文章能力は本人の喋り言葉と同レベルで、決して長けているとは云い難いものの、句読点の使い方などは無駄に正しい。
メールの文面でも句読点を抜かすことはなく、改行も適切に使う。メールは取り敢えず内容が伝達出来れば良いと云う考えのダチに囲まれていたせいか、初めて久我山からメールが届いた時は本人の持つ雰囲気とのギャップもあいまって、少し驚いた。
――そう、久我山は育ちが良いのだと思う。
服装も、常に薄着気味なのが気になるが、いつもさり気なく仕立てが良い。
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